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一般書

翰苑 (かんえん)2015.11 vol.4

注文する書籍の紹介近大姫路大学人文学・人権教育研究所 編著
目次
巻頭エッセイ
「言霊」を披瀝せよ/綱澤 満昭

[特集]アイデンティティと表現
「アイデンティティ」についての小さな試み/和田 典子
「わたし」の居場所/松島 京
 金子みすゞ 童謡という自己表出/和田 典子
第二言語環境におけるアイデンティティと日本語学習支援/
 吉田 晃高  

[論 考]
 ふたたび「教養」を考える/綱澤 満昭
 小学校社会科における近世身分制学習の課題
 日本文教出版(六年上)の分析を中心として/和田 幸司
 明治の元勲大鳥圭介の地域に対する考えと地域貢献駅の設置と鉄 道敷設運動を中心として/竹本 敬市
 三木露風と山田耕筰の友情 「暗い扉」をめぐって
 不思議な符丁か、神秘の力の企みか/和田 典子
 播磨国風土記の世界 賀古郡条 ①/松下 正和


特集 アイデンティティと表現
「金子みすゞ 童謡という自己表出」より
(八)追い詰められる生活と「わたしの居場所」

 みすゞの結婚の破綻はすぐにやってきた。跡取りである弟の正祐と番頭の夫宮本は、店の経営方針が合わず衝突を繰り返し、正祐が家を出てしまう。さらに、結婚前に女性関係を整理するように言われていたにも関わらず夫は店の金で遊女通いをして、上山文英堂の主人松蔵(みすゞの義理の父)の怒りを買う。松蔵は、みすゞとは離婚させ、宮本を店から追放しようとした。しかし、その時みすゞのお腹には子どもが宿っていた。生まれてくる子を父親の無い子どもにはできない。自分と同じように父のいない「さびしさ」は味あわせたくないと思うみすゞは、夫に従って家を出た。仕事の上手くいかない夫に従い、家を転々として堕ちていくみすゞ一家の生活ではあったが、娘の誕生はみすゞに母としての幸せを与えてくれた。娘房枝の存在は、みすゞにとって天使のようであった。
 裏町の「ぬかるみ」のような生活をしていても、未だこの頃のみすゞには「澄んだお空」があった。
 みすゞの空への憧れは強い。かつて、空を自由に飛ぶ鳥のようになりたいと願っていた。しかし、「竹とんぼ」では、「あがれ、あがれ、竹とんぼ。」「お山の煙よりまだ高く、/ひばりの唄よりまだ高く、/かすんだお空をつき抜けろ。」と自由に高く飛べと竹とんぼを飛ばすが、「けれどもきつと忘れずに、/ここの小みちへ下りてこい。」と呼びかける。地に着いた今の生活に戻ることを是とするみすゞがここに居た。空想の翼で羽ばたいていても、房枝が泣くと現実に戻る。その現実が辛いかというと、むしろ愛おしい。何気ない房枝の仕草や笑い声と共に過ぎていく平凡な時間が愛おしいのである。かつて登校の途中、空想の世界を中断させられるので「ほかの誰にも逢」いたくないと謡ったみすゞではなかった。
 「私と小鳥と鈴と」は、「光の籠」の小鳥として現実の自分の「居場所」を受け入れた作品ではないだろうか。再度作品を掲げてみよう。
  
  私と小鳥と鈴と 
私が両手をひろげても、
お空はちつとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のやうに、
地面を速くは走れない。

私がからだをゆすつても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のやうに
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがつて、みんないい。

 「空と地面」が大好きなみすゞは、詩人として大空を自由に飛び回る小鳥にはなれなくても「地面」を走れればいい。素晴らしい音を出せる鈴のように素晴らしい芸術家になれなくても「たくさんな唄」を房枝やみんなに唄える「光の籠」の小鳥のような存在で「いい」と、家庭を持ち、子どもを持ち、地に着いた幸せを得たことを受容できたみすゞであったろう。
 西條八十によって開かれた「認められる」世界、文通を通じて共感し合える世界、芸術の最高の理解者である正祐が寄り添ってくれる世界があったからこそ、ようやくみすゞは心の中の空虚を埋めることができた。
 今度は、みすゞが小さな房枝を包み込み、寄り添う立場になろうと決意することができたのではないだろうか。大きな夢の代わりに、それぞれの場で生きると決めたとき、「小鳥としての生き方も」「鈴としての生き方も」そして「私」の生き方も「みんなちがつて」「みんないい」と、ようやく肯定できた「いい」ではなかったろうかと考えるのである。

 さて、冒頭にこの「私と小鳥と鈴と」が雑誌投稿できなかった理由は、二つあると書き、一つは社会世相によるものだと説いた。もう一つの理由は、師と仰ぐ八十の作品からイマージュされて作った作品だったからである。
 藤本恵は「西條八十と金子みすゞ―自己主張しあう師弟―」で、八十作の「小学生全集の歌」として創作された「雀と烏と私」と、みすゞの「私と小鳥と鈴と」を比較研究している。八十のは広告用の「歌」で、一方は自由な創作という質の違いがあるので、「それを考慮して評価を避け」ている。藤本の主張の主旨は「みすゞの童謡は八十から着想や題材、借辞を取り入れ、生かそうとしたようである」「八十にならった習作あるいはオマージュのような童謡である」と読み取り、その上で、みすゞの独自性は、「それらの中に『私』の存在が強調されている」ことである。
 この指摘によって、みすゞは、題材や素材を西條八十「雀と烏と私」(小学生全集の歌)を下敷きにして、「私と小鳥と鈴と」を作ったことになる。両者が童謡という同じ土俵で芸術性を競うならともかく、広告用と創作という明らかに違う土俵の作品であった故に、みすゞは敢えて投稿しなかったと考えられる。
 さらに、先にも解釈したように、みすゞは、女流詩人という華々しく大空を自由に飛び回る小鳥よりも、地面を走り、たくさんの唄を謡う「私」がいいと選んだ。そのことを、童謡界に強く推薦してくれた師である八十に見抜かれるのが憚られたのではなかったろうか。

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