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一般書

翰苑(かんえん)2018.10 vol.10

注文する書籍の紹介姫路大学 人文学・人権教育研究所 著
はじめに
 戦前日本の女性運動ということで、児童と母性の権利擁護の思想を中心にお話しさせていただきたいと思います。戦前の日本の女性がどのような立ち位置に置かれていたのかということを女性運動を中心に見ておきたいと思います。やはり日本は儒教の影響が強くて、男尊女卑の思想は武家であるとか豪農とか、要するに富裕層を中心に浸透しておりまして、そこで男女差別があったんですが、明治時代になりますと一般家庭にも影響が出てくるようになります。例えば、教育の制限があったり、政治は代表的なものですが、社会参加の制限があったり、それから売春は公然と認められておりました。家では家父長制の「家」制度の中で女性は抑圧されてきました。例えば一八七〇年に出された新律綱領は色々な問題を含んでおりましたが、男女差別という面からみますと、ここでは実質的に一夫多妻が認められておりました。一八九六年の民法でも、女性の浮気は離婚の理由になるのに、男性の場合は許されるというような、男女で不平等な規定がなされていました。また同法では、これは
ヨーロッパの法律でも同様でしたが、既婚女性の無能力規定がありまして、いちいち夫の承諾がないと契約を結べず、財産の管理も男性が行なっていました。つまり女性は一人前の大人として認められていなかったということです。こういった男女不平等な法制度のなかで、徐々に一般家庭においても男性は仕事、女性は家事、育児と
いう性別役割分業が浸透し、女性の就労の機会が阻まれるような状況が進んでいくことになります。
 もう少し正確に言えば、農村にはこれは当てはまりません。農村地帯ではもちろんお母さんも働いていました。しかし、子育ては誰がやっていたかというとお母さんではなくて、主におばあちゃんが担っていたんですね。この中にはああって思う方もいらっしゃるかもしれないし、若い世代の方だったら例えば宮崎駿の『となりのト
トロ』というアニメがありますが、そこでもお母さんが病気で入院している時、子どもの面倒をみてくれたのは隣のおばあちゃんだったりしています。そういったことが昭和初期まで日本でも当たり前だったのですね。つまり性別役割分業といっても、それは一部の有産階級、富裕層の家庭の話だったのです。ただ明治時代から大正時
代、昭和になって、これが徐々に一般家庭にまで浸透してきたということなんですね。
 それから政治的権利の剥奪については、一八九〇年の集会及政社法を引き継いで一九〇〇年の治安警察法ではその五条で女性の結社権、集会の自由を禁止しました。こういった女性が置かれた差別的な状況に対してさまざまな女性解放運動が起こってきます。その中でも特に母性保護運動を軸に戦前の女性運動を見ていきたいと思い
ます。女性に男性と違うところがあるとしたら、唯一、男性には子どもは産めないけれど、女性には子どもが産めるということです。産もうが産むまいが、結婚しようがしまいがそれはもう女性の自由なのですが、どうあがいても男性には子どもを産むことはできません。ということで、どんな女性にも産む、産まない、結婚する、し
ない、それには関係なく、母性があります。そこで、その母性を保護していこうというのがこの運動の要だったのです。
 ただし戦前には今の使い方とちょっと違った特殊な母性保護の用語の使い方がありました。広義には女性や子どもの権利を守るという意味が含まれていて、今日のテーマに通じるところです。狭義には、国家による母子への経済的保護の制度を要求する運動ということで、広義狭義、いずれも母性保護運動と捉えておりました。こ
の狭義の意味につきましては、これから詳しく見ていきたいと思います。
【講演録】今井小の実「戦前日本の女性運動の系譜」より
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