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一般書

ぼくはヒドリと書いた。宮沢賢治

注文する書籍の紹介山折哲雄・綱澤満昭 著
山折  
最後の手帳の問題ですが、「雨ニモマケズ」というメモ、あの詩の一番最後に十界曼荼羅が出てきます。南無妙法蓮華経の題目の文字。そして、菩薩の名前も出てくる。この問題でいうと、これまで日本の教育界や賢治研究の多くは、あの部分を「詩」の本文から切り離してきたんですね。「全集」もその考え方を踏襲してきた。すべてそうでした。切り離して解釈してきました。だけど全体の流れ、あの手帳全体の言葉の流れを見ると、これは切り離すことはできない、そういう賢治の心のリズムが見えてくる。法華経信仰が賢治にとっていったいどういう意味をもつのか、仏教はどういう意味をもつのかということに、それは非常に深くかかわっている。

綱澤  
切り離すことにどんな意味があるんでしょうか?   

山折  
実は、私の問題意識としては、昭和八(一九三三)年前後に書かれた手帳の中に出てくるあの詩を多くの人々に知ってもらうために、やっぱりあそこを切り離して編集して世の中に出そうとしたのは、はたして正解だったのかと疑っているんです。日本の近代社会においては、宗教的なものが深く絡み合ったような存在の賢治というイメージよりは、やはり詩人、文学者としての純粋形というか、そのような賢治像を世に出すという意味で、あの選択はある意味ではもしかしたら正しかったかもしれない。だけど、それは根本的にまちがいだったんですね。

綱澤  
つきつめればね。

山折  
本当はまちがいなんです。それをそろそろ明らかにする、はっきりさせて正していく必要があるだろうということです。

綱澤  
「宗教」と「文学」を切り離すというのは「道徳・倫理」から「政治」を独立させることと符号するところがあります。例えば、マキャベリの「君主論」がそれにあたりますが、山折さんの宗教的な部分を切り離した選択が正しかったかもしれないとは、どういう尺度でおっしゃるんでしょうか。

山折  
あの部分で賢治は、「宗教的なもの」をけっして否定して書いているわけじゃない。それどころか、自分の病気のなかで、追い詰められて、先ほど言ったような諸条件のなかで、最後にこれから死んでいかなければならない、そういうときに遺言書を書くような気持ちで書いているんです、あの詩を書く前後において。自分の人生すべてをかけている。だから、あの「雨ニモマケズ」と、そのあとの題目、これがそのような緊張感のなかで連続して出てくる。切り離すことはできない。その連続の流れこそいったい何だったのかということが、むしろ問われなければならない。ここで出てくる問題は宗教と文学。あるいは信仰と芸術。美と信仰。この問題です。

綱澤  
切り離した側の意図が問題ですね。

山折  
伝統的に考えれば、切り離そうとしても切り離せない。それは万葉古今から新古今まで、源氏物語から平家物語、謡曲、浄瑠璃、そのすべてのこの国の歴史や伝統とずっと変わらない。すべて語りの文化がそうなっているんです。その語りの伝承のなかでその二つは分かちがたく、重なり合っているんです。それは世界のどの文学・伝統においても例外がない。賢治の場合でいえば、島地大等とか田中智学との出会いがそうだし、それがその後の彼の作品に大きな影響というか、影を落としている。つまり、仏教とのふれあいのなかで作品の多くは書かれたわけですから。その意味というのは例えると、グリム童話的な世界とそののちに登場してくる童話作家アンデルセンとの関係をみるとわかる。そこには新しくキリスト教の問題が出てくる。そして賢治はアンデルセンをよく読んでいた。ある意味で必然的というか普遍的な問題ですよね、アンデルセンとキリスト教、賢治と仏教、ということですね。ところが、「近代」というのは、とにかく文学のなかから宗教的な要素を切り離す、そういう運動から始まったという面がある。こういうことをやりましたね。例えば俳諧の世界でいうと、正岡子規と高浜虚子がやったことは、まさに近代俳句というものをつくろうとしているときに、宗教的なものは表面から締め出そうとしました。

綱澤  
芭蕉の「古池や蛙飛びこむ水の音」は禅問答だという人がいますしね。

山折  
夏目漱石だってそうですね。近代人のエゴイズムを追求していって、それとの葛藤の戦いに疲れ果てて、宗教の門に入ろうとして、しかしついにその宗教の「門」をくぐることができなかった。それは彼の文学の基調になっていますね。「門」に入ろうとして入れない、入ろうとしない。信仰と文学との分離、その出発点と帰着点を漱石文学というのは象徴的に映している。「近代」の宿命みたいなものですが、賢治はそれに対して、自分の人生を賭けて全身的に抗った。

綱澤  
山折さんは、よく夏目漱石と宮沢賢治を比較されますが、それはどういう視点ですか。

山折  
賢治の宗教志向というのは、近代の宿命的な問題意識を深く抱えていたような気がしてならない。漱石が行き悩んだ道を突き進もうとしていたと感じますね。そういう意味では漱石の脱出孔は賢治への入り口と通じている、その転換点を象徴的に示しているようにも見えますね。その「漱石 → 賢治」論というのをこの辺で紹介させてもらいましょうか。少々長くなるので恐縮ですが……。

(第1章 手帳の中の「雨ニモマケズ」の真実「切り離された宗教と文学」より)
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