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一般書

米寿を過ぎて長い旅

注文する書籍の紹介山折 哲雄 著
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「仏陀の顔」というのは、言うまでもなく悟った人間の理想的な表情を言ったものだ。日本人であれば、仏教を信ずる者も信じない者も、誰しもが思いおこす、あの静かな深味のある顔である。その「ブッダ・フェース」がいったいどうして脳卒中などの後遺症で、たまたま穏やかになった顔を言いあらわすのに用いられているのか。身体的な病いのゆえに活動的な表情を失った顔の形容詞とされているのか。
 それが気になっていて、数日経ってから私は三輪さんに電話をかけて、くわしい事情をきいてみた。すると即座に、あれは記者が言ってきたのに答えたものだと言われる。田中元首相の顔は医学の世界で「ブッダ・フェース」といわれるものではないかときいてきたので、そうかもしれないと答えた……。
 けれども三輪さんは、それに話をつなげて、「実は西欧の近代医学の教科書には、そのようなことが書かれていたのだが、現在はそのように東洋の仏教を差別するような言い方はしていないはずです」と答えられた。
 私は一瞬、なるほどと思いながら、同時にブッダの表情は、西欧人にとってかならずしも価値ある表情とみなされてはいないということを知らされて、胸を衝かれたのである。
 実例をもう一つ紹介しよう。米国のジョンソン大統領(1908~73)の時代にラスクという国務長官がいたが、彼は個人的な感情を一切顔にあらわさないということで有名な人物だった。どんな政治的な激動期に入っても、一体何を考えているか分からない不気味な男であるということでマスコミの評価はあまり良くなかった。
 政治家というのは、自分の感情をもろに出した方が大衆の人気を博するのだが、彼はまったくそういうことをしないタイプの人間だった。そんなラスクを皮肉って新聞記者たちは「彼の顔はブッダのような顔である。何を考えているかわからない、気味の悪い顔である」と書き立てていたのである。私はあらためて、西欧人と東洋人のあいだの価値観の根深い違いを思い知らされたような気がした。三輪さんの釈明の弁をきいても、なかなか気持ちがおさまらなかったのである。
 私はその頃、三人の親しい友人が次々とガンに冒されて死んでいくのを見送っていた。三人が三人とも、みんなそれぞれの分野でエネルギッシュに活躍していたが、ガンにかかってからは、衰弱の度を加えた顔が不思議なことに柔和な老人の表情に近づいていることに気づいた。人間の表情は、内部の病いによってこうも変貌するものか、という想いが喉元をつきあげてきたのである。
 病いによる苦痛が、そしてその苦痛を耐え続けるほかない日常的な生活が、彼らの表情に深刻な変化を与えた結果なのであろうか。そのあたりの因果の糸をつかむことはできなかったが、しかしガンで苦しんで逝った三人の友人が、その最末期の段階で柔和で優しい、いってみれば「オキナ(翁)」に変貌する姿に立ち会うことになったのは、ほとんど僥ぎょうこう倖に近い経験だった。
 そのとき私が思ったのは、身心の病いによって人間の表情がしだいに変化していくことがあるということだった。さらにいえば身心の病いに耐え続けているうちに人間の表情が急速に老いて、ついにオキナの表情に近づくことがあるのではないかということであった。身心を苦しめ悩ます病いということがあって、はじめてオキナという柔和な表情を手にすることができる。そういう逆説めいた人間の成熟、という事柄が自然に浮かび上ってきたのである。
 むろん、すべての人がそうであるとはいえないだろう。そのような場合、オキナの表情に恵まれるか否かは運命というほかはないが、しかしその運命には深い意味がこめられているのではないだろうか。
 このように考えていくと、先に言った「ブッダ・フェース」という言葉がもう一つ別の脈絡のなかで新しい光を帯びて蘇ってくるような気がしたのである。くり返して言えば、ブッダ・フェースとは身体を病む人間にあらわれる穏やかな表情、というのがかつての西洋医学の考え方であったが、そういう考え方に違和感を覚えるというところから、私は話をはじめたのだった。そしてその違和感の背後には、ブッダの顔というのは身体の病いとは本来関係がないはず
だ、という確信のようなものが横たわっていた。だが私は、もしかするとそういう見方は浅薄なものかもしれないと反省するようになったのである。つまりブッダの顔というのは、単に悟りを開いた人間の静安な表情を象徴しているのではない。それはむしろ人間の苦しみを耐え抜き、それをのりこえてはじめて獲得された静安の表情、だったのではないか、と。
 そうであるなら、病いに倒れた人間がたまたま穏やかな表情を浮かべるようになったとき、それをブッダ・フェースと呼ぶことにどうしてこだわる必要があるだろう。元首相が病いに倒れ、回復したあとにあらわれた表情がブッダの顔に近づいたとして、どうして驚く必要があるだろう。
 なるほど元首相はかつてのエネルギッシュな活力を失い、もはや政治の世界に復帰することはできなかったかもしれない。しかしながらそのかわりに、誰もが手にすることのできない静安な「顔」をわがものにすることができたのである。元首相は、本人の意識はどうであれ、その表情においてある成熟の境地に近づいていたということができるかもしれないのである。
 だが、ここまできて、私はふと立ちどまる。気がかりな一点が目の前にちらついて、私を落ちつかせない。それというのも、ガンで死んでいった三人の友達の「オキナ」の顔が、元首相
の「ブッダ」の顔とダブりながら、そこからは同時に何とも言いようのない違和感も立ちのぼってくるからだ。友人たちの「オキナ」顔が元首相の「ブッダ」顔と同じようでいて、しかしかなり違っているようにみえるのである。
 表情の穏やかさ、静安さという面からみるとき、「オキナ・フェース」は「ブッダ・フェース」よりまさっているように私には映る。人間の成熟という点からいっても、オキナの方がブッダよりもいっそうそれにふさわしい顔容になっているのではないだろうか。そういう思いが胸元をつきあげてくる。
 おくればせながらつけ加えると、ここで「オキナ」というとき、私は能楽の「翁」舞にでてくる翁の面を自然に思いだしている。柔和で、優しい、微笑を含んだあの「翁舞」の老人の顔のことだ。
 それにふれて以前から考えているのであるが、「ブッダは若く、カミは老いたり」という命題のような、ジョークのような言葉が、いつ頃からか頭の中で鳴りはじめていたのである。仏像をみているうちに、その多くの仏の表情がいずれも若々しく表現され、その肉体もまるで青春の記念碑のように光り輝いていることに気づくようになった。それはどう考えても、青年の身体を理想化したものだからである。
 ところがそれに対して神像の方はどうだろうか。神像は奈良時代に入り、仏像の影響をうけてつくられるようになるが、その多くが老人の姿と表情でつくられているのである。
 なぜそのようなことになったのか。理由はさまざま考えられるであろうが、その一つに、仏は永遠の生命を象徴するけれども、神道では人は死んで神として祀られる、という信仰があったことを挙げることができるかもしれない。なぜなら、もしもそうなら、人間のライフステージのなかで神への至近距離にあるのがまさに老人であることに気づかせられるからだ。
 そしてここに、わが国における老人尊重の観念が芽生え、やがて「翁」を成熟した人間の典型的な表情ととらえる文化が生まれたのだろうと私は思っているのである。ガンにかかった友人たちがその最後のライフステージで示した「オキナ」の表情が、元首相の「ブッダ・フェース」となかなか重ならないのも、あるいはそのためかもしれない。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(第4章静かな覚悟「ブッダ・フェースとオキナ・フェース」より)
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