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板付け舟で都会を行く
盛岡 茂美
1,600円+税
南島叢書90 / B6判 / 340頁
南海日日新聞に連載されたユーモア小説、刊行!
前作『都会(まち)に吹く南風(はえ)』から10年後。奄美を出て東京でひとり高校の教員をしている男、丸山俊一。彼をたよって故郷のシマから二人の後輩が転がり込んできた。
ちょっとばかりズレた後輩や学校の生徒たちにふりまわされながらも、今日も「スットコレ」の精神で都会(まち)の海を漕いで行く。
2023.10.18
健治の司法試験が近づいて来た。健治にとっては五回目のチャレンジだった。壁には、「神は見ている」とか、「神は努力する人間を見捨てない」などと書かれた紙が貼られてい。すでに全面神頼みの姿勢だ。六法全書を枕にしていびきをかいている姿を見ると、健治が努力しているとはとても思えない。神様も呆れているはずだ。俊一は寝ている健治のすね毛を思い切り引っ張った。健治はアカーと叫んで飛び起き、しぶしぶ机に向かった。
机に向かう健治の背中は、さすがに五年の労苦をまとい、哀愁がにじみ出ている。俊一と信夫は健治に気遣って、食事と掃除の分担から健治をはずし、すべて二人が交替でやった。健治が布団に入る時には、信夫がマッサージを施してやった。
「健治兄、これで受からんかったらもうあきらめて肉屋を継げよ」
布団の上に横たわっている健治の腰を揉みながら、信夫が兄のようなことを言った>
「つまらんことを言わんで、もっとしっかり揉んでみぃ」
健治が薄目を開けて信夫に言った。
「信夫、イャにはまだわからんだろうけど、人間、修行を積むと、俗人には見えないものが見えるようになるわけよ。中山健治、五年間針のむしろで寝て、火のついた炭の上を歩き続けたんど。ワンには見えるのよ。今度っちいう今度は絶対受かる。大丈夫」
健治は自分に言い聞かせるように言った。そしてしばらく間をおいてから「気がする」と付け加えた。シマの飲み屋で飲んだくれていた立神健治が、どこの針のむしろで寝ていたのか俊一にはわからない。酒の神様、バッカスでもこの男のことは見捨てるだろう。