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思想としての道徳・修養
綱澤満昭
1,900円+税
一般書 思想 / 上製 B6判 / 264頁 / 2013/4 初版
ISBN 978-4-87616-022-8 C0037
「道徳」や「修養」がどのようにしてこの国から消え去ってしまったのか?
「道徳」アレルギー、「修養」と聞くと、なんとなく胡散臭いものと感じる人たちに向けて、著者の、思想史の全研究の成果を投じた「道徳・修養」学テキストができました!
道徳なき時代といわれる現代。
本書は「道徳・修養」を懐古的に礼賛するものではなく、位置した時代によって変質した「道徳・修養」というものの本質を衝く。
戦前・戦中「道徳・修養」を道具に、国家権力がいかにして民衆を巧に操ってきたたかがよく理解できる。
だが、実はそれだけではない。それ以前にも、支配側が秩序を盾に「道徳・修養」を巧妙に利用した。
そして戦後は経済を支配する側が同様に利用してきた。
現代では「道徳・修養」が耳障りの良い言葉に置き換えられているにすぎない。
2023.10.19
農業が衰退してゆけばゆくほど、尊徳の精神は、あらゆる領域で脚光をあびることとなる。どのような経済不況も、勤勉、修養といったもので、克服できるとする点において、彼は利用されていったのである。
尊徳の精神は、また、反騒乱、反革命ということで、社会主義の侵入を防ぐ役割を果たしたり、忍耐と根性ということで、戦時下における兵士の心構えとなったりしたのである。昭和恐慌期になれば、著しく幻想化し、尊徳は農聖として神格化されていった。
明治、大正、昭和の時代を通じて金次郎、尊徳は、子どもたちの理想像だけではなく、日本国民全体の理想像としてもてはやされ、教育界はいうまでもなく、政治、経済、文化というあらゆる領域で、真面目人間を通りこして、聖人の扱いを受けたのである。
太平洋戦争後、全国各地の小学校の校庭に立っていた金次郎の銅像は壊滅状態となった。金次郎は、道徳的人間として絶賛され、明治、大正、昭和と国民に強制奉仕、勤労、忍耐などを押しつける道具として利用された人物である、という厳しい評価が吹聴され、農聖の地位から落下していった。
戦後世界にあって、近代的知識人と呼ばれる人たちによって、金次郎、尊徳は嫌われつづけたといってもよい。
いうまでもなく、彼が嫌われた理由については、それなりの正当性があるにはあった。それは尊徳自身の権力志向的なものへの反発もあったろうが、明治以降の権力側からの尊徳のとりあげ方にたいする反駁ということが大きかったのではないか。
いろいろと金次郎、尊徳への批判、攻撃はそれなりになされたが、これらの多くが真の批判になっていたかどうか。そこには大きな疑問が残る。
かつて、国家が、そして文部省が作為した国民統治の手段としての金次郎、尊徳像は、じつは虚構の部分が大きかった。その虚構に向かって大声で吠えているだけで、真の内面的批判にはなりえていなかったように思われる。
第4章 道徳と国家と国語
「二宮尊徳と道徳」より